暗がりの向こうから

私がその影に気づいたのは一ヶ月ほど前のことだった。

 私の家の近くには少し暗めの道がある。街灯は少なく、道沿いには民家はほとんど無い。近くに住んでいる人であっても深夜は怖くてあまり通りたいとは思わない。
 そんな道を私は歩いていた。時刻は夜の十二時三十分を過ぎた頃。隣のF駅でのアルバイトからの帰りだった。
 最初に足音が聞こえたときは、後ろを人が歩いているのだろうと思った。チラッと振り返っても誰もいなかったときは空耳だったんだと思った。
 だけど、歩いている私の足音と少しずれて他の誰かの足音が聞こえる。また振り返る。けど誰もいない。その繰り返しだった……。
 気がついたときには私は走り出していた。
 怖い。
 何かがいる。何かがいるんだけど、何かわからない。
 一人で住んでいるアパートの二階。家についてから私は、よせば良いのに窓から外を見てしまった。すると、向かいの通りの街灯の脇に人の形をした影が立っていた……。

 それからというもの、どこに行っても誰かの視線を感じるようになった。学校でも、買い物をしているときでも、働いているときでも、そして帰り道でも。誰かに見られ、後をつけられているように感じられる。
 友人に相談しても解決するわけじゃないし、警察は実害がないと動いてくれないらしいということを教えてくれただけ。無視してれば大丈夫、私もそういうのあったから、と言われただけだ。確かに実害らしい実害はない。怖いし気持ち悪いけど気にしなければ良い。そうすれば向こうもそのうち飽きるだろう、と。
 その考えが間違いだったと気がついたのはそれから数日後のことだった。

 いつもと同じように私は家に帰ってきた。当然のことだけど、部屋は今朝家と出てきたときと変わらない、はずだった。
「なに……これ……」
 テーブルの上にきれいに並べられたたくさんの写真。
 その全てが私を撮ったものだった。それも、大学やアルバイト先など、いつ撮られたかわからないものばかり。
 怖い。
 気持ち悪い。
 私はそれら全てを引き裂いてはゴミ箱に捨てていった……。

 その後も、郵便受けいっぱいに手紙が入っていたり、服が何着かなくなっていたり、どこで知ったのか一日何十件も電話がかかってくるということが続いた。
 
 外に出ることが怖くなり私は家から出ないようになった。携帯電話の電源は入れてないし、カーテンは締め切っている。恐怖と不快感で気が狂いそうだった。
 なんで私がこんな目にあわなければいけないの。なんで……。
 
 突然ドアが叩かれる音がした。一度や二度ではなく何度も何度も。
 怖くて外に出られない。怖くて動けない。怖くて眠れない。怖くて何も食べられない。そんな生活は三日目にしてもう限界だった。
 そんな私の頭は何も考えられず、気がつけば私はドアを開けていた。
「Tさんですか?」
 二人の男のうち右の方がそう尋ねてくる。この二人は、だれ?
「私たちはK県警の者です」
 手帳を見せてくる二人。何かのドラマで見覚えのあるシーンだな、なんてことを考える。
 突然で申し訳ないのですが、という前置きをして左の方が尋ねる。
「Nさんという男性を知っていますか?」
 見せられた写真に写された男はどこかで見たことのあるような顔をしていた。
「実はこの人、殺されたんです」

 警察の話によると、Nと言う男性は昨日、何者かに首を絞められて殺されたらしい。それのどこが部屋に篭っていた私に関係があるのか、と思っていたんだけど、Nの所持品を聞いて驚いた。私の隠し撮り写真、そしてこの家の合カギがポケットに入っていたのだそうだ。ものすごい力で首を絞められていたので犯人は男性だろうと思われているということだけど、何か手がかりになることを聞けるかもしれないから警察の人はうちに来たらしい。

 全部終わったんだ。
 助かったんだ。
 そう思ったら足の力が抜けてしまった。もう悩まされることはないということを警察の人に渡された合カギが証明している。「気をつけてくださいね」と言いながら二人が去ってからも少しの間、私は玄関にへたり込んでいた。

 そんなときだった。

 ドアにつけられている郵便受けに何かが放り込まれ、カタン、と音をたてる。何だろうと思って手にとって見ると、それはカギだった。それも、私の家のカギ……。
 私はすぐにドアを開け外を見た。
 しかし、そこにはすでに人の姿はなかった。
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