エス

人間の行動は理性と欲望によって決まる。社会の中で生きるならば理性による欲望のコントロールが必要だ。欲望をコントロールできなければ社会から弾かれてしまうのだから。
では、どのようにコントロールすれば良いのだろうか……。

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 肩にかけたスクールバッグが重い。それもそのはず、今日は一学期の終業式。教室のロッカーに放置していた物を持って帰らなければならなかったのだ。毎年こうなるからその度に次こそは早いうちに少しずつ持って帰ろうと思うのだけど結局何も変わらないまま高三だ。来年からは街の方に一人暮らしをして会社勤めだからもう関係ない。
 目の前にはどこまでも続いているかのように田んぼが広がっている。舗装されている道路もあるにはある。けれど夏真っ盛りのこの季節は照り返しがきついので僕は田んぼの間を通るあぜ道を歩くことにしていた。あぜ道に一歩踏み入れるとそこには草の匂いがあふれていた。僕はいつものようにその匂いを胸一杯に吸い込んでから足を進めていった。
 少し進んでいくと水の流れる音が聞こえてくる。それを聞いたからか僕の歩みは心なしか速くなっていた。歩きやすいとはとても言えない場所を歩いているため息が少し上がっているのを感じた。
 そこに現れた川はそれほど広いものではない。それはそうだ。田んぼに水を引くための用水路なのだから。でもその流れは澄みきっていて、濁りがなく川底を泳ぐメダカの様子を良く見ることができるほどだ。
 僕はスクールバッグを置くと、靴を脱ぎ川に足をつけた。ひんやりとしていて僕の中にこもった熱が吐き出されていくのが分かる。そのまま僕は岸に腰かけた。足を動かしたからか水面には小さな波ができていた。
 ここは僕のお気に入りの場所だ。特に夏は良い。この流れに足をつけながら眺める景色は何故かわからないけど他とは違うのだ。
 しかし来年はこの景色を見ることはできないだろう。来年の今頃は街の方で働いているはずだ。だから、僕はこの景色を忘れないようにしっかりと目に焼き付けた。ここに来ることができなくなっても思い出せるように。
 小さな違和感に目をふさぎながら……。

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「おい逆越(さかごえ)君」
 突然僕を呼ぶねちねちとした気持ちの悪くなるような声が聞こえた。声の主の顔を思い浮かべながら、また同時にすぐに思い出せてしまう自分にため息をつきながら振り返ると険しい顔の部長が立っていた。
「出しておけと言っておいた書類はまだなのか? 早くしてくれ」
「あの書類ならさっき机の上に置いておきますと言ったじゃないですか」
「それが見つからんのだよ。本当に置いたのか? 仕上がってないのに嘘をついたんじゃないのか?」
 そんなはずはない。
 そう思って部長のデスクの方を見るとそこにはなにやら作業をしている女性の姿が目に入った。手には何故か茶色い染みのついたタオルとマグカップを持っている。
「きょろきょろしていないで早く仕上げたまえ。本当に使えないな君は」
 そう言うと部長は舌打ちをしながら出ていってしまった。部長がいなくなると同僚たちからの同情の視線が注がれ始める。
 ここで働いている人間の誰もが知っていることなのだが、うちの部長はクソ野郎だ。今みたいにコーヒーをこぼして自分が書類をだめにしてしまっても部下のせいにするし、その始末は自分でやらずに誰かにやらせる。とにかく他人に押し付けることしかできないのだ。とくに僕はアイツに嫌われているらしくよく責任を取らされていた。
 僕は自分のデスクに戻ると「くそ……」と呟きながら書類作成に取り掛かった。
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 水面を行くアメンボを見送ると僕は用水路沿いに歩いて行った。その先には森とそこへ向かう長い坂が見えてくるのだが、僕の目指しているのはその手前にある建物だった。
 その建物はこの田園風景にふさわしくないものだった。具体的に言うならばそのセンスのない派手な看板だ。青地に赤で『スーパーさかごえ』と書いてある。田んぼが広がる中に立っているそれは不気味と言っていいだろう。
 名前の通りそこはスーパーではあるが、僕は何かを買いに来たわけではない。悲しいことだが僕の家はこの裏にあるのだ。もちろん表札には『逆越』の文字が書かれている。つまりこの空気を読めてないスーパーさかごえは僕の親が経営しているのである。
 スーパーの方は無視して僕は家に入っていった。玄関のドアを開けながら「ただいま」と言う。もちろん両親は店の方にいるので返しくれる人はいない。だから僕は驚いた。
「おかえりなさい」
 いないはずの母親の声が聞こえたのだ。
「どうしたの? 店の方は?」
「ちょっと松山のおばさんに渡すものがあって取りに来てたのよ」
 そう言いながら母は手に持った小包を僕に見せる。
 うちのスーパーには村中の人が買い物に来る。昔から八百屋をやっていたおじいさんが亡くなってからはさらにそうだ。そしてその人たちは店内にあるベンチがいくつか置いてあるだけの休憩所によく集まって世間話をしているのだ。その中の一人が松山のおばさんだった。そんな人たちと交流をよくするせいかうちの母はこの村のことについてとても詳しい。
 そんな母がサンダルをはきながら
「そういえばSがまた暴れたらしいわよ」
「S?」
「坂の上にいるじゃない。彼がまたなにかしたみたい」
 僕はまだ聞きたいことがあったのだが母は「あんたも気をつけなさいね」と言って出ていってしまった。
 僕は部屋に戻るとスクールバッグをベットの上に投げ、机の上にかけていた眼鏡を置いた。
 Sとは何なのだろう。母はさもぼくも知っているかのように言っていたけれど僕の記憶にそんなものは存在しない。そんなことはあり得るのだろうか。坂の上にいるというS。暴れるというS。記憶にないにもかかわらず何故か僕は自分と関係があるような気がした。

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「これ作ったの君だろう」
 突然背後から声が聞こえたので反射的に振り返ってしまい後悔した。そこにいたのはあの部長だったのだ。
「いい加減仕事はちゃんとしてもらいたいものだよ。これくらいの仕事すらできないのに何で君はここにいるのかね」
 そう言いながらアイツは手に持っていた紙を破り捨てた。その切れ端に目をやるとそこには僕の名前が載っているではないか。
「ちょっと……これ……」
「報告書くらいちゃんと書いてくれないと困るな」
 間違いない。破り捨てられたのは僕が昨日作った報告書だ。
「ど、どこに問題があったのですか? 言われた課の印だってあるじゃないですか」
「言い訳は良いから早く作り直してくれないか? 君みたいな使えない部下のせいで私は困らされているんだ」
「言い訳? 僕はただ質問を……」
 すると僕の言葉をさえぎるようにアイツは言い放った。
「そういえば有給を取りたいとか言っていたみたいだが無理そうだな」
「でもその日は母の三回……」
「自業自得だな。仕事も出来ないくせに休みなんて取れるわけがないだろう」
 そう言うとアイツは自分のデスクに戻っていった。こんな文句を言うためだけに来たのかと頭に血が上るのを感じる。だけどこんなことでいちいち起こっていたら身が持たない。そう自分を言い聞かせた。
「おい逆越君」
 またねちねちとした気持ち悪い声が聞こえる。
「そこのゴミ、君のなんだろう? 早く片付けてくれないか」
 僕は手に持っていた報告書の切れ端を強く握りしめることしかできなかった。

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「Sがまた出たんですって。なんか上田さんちの田んぼの稲が全部抜かれたり、神社の大鳥居が壊されたりしてるみたい」
「交番の……木村君だったか? あの新米には捕まえられないだろうな。前の塩谷さんはよくSを抑えていたよ」
 夕食の時のことだった。またしても母はSについてさも知っているのが当然であるかのように話を始めたのだ。そして父もそれを当然のこととして話をしていた。どうしてSというものを知っているのか。どうして僕はSというものを知らないのか。何が起きているのか。僕には何が何だか分からなくなっていた。
「あきと、気分悪いの?」
 うつむいていたからか母が僕に声をかけてきた。顔をあげると眼鏡をかけた両親が僕の顔を見つめていた。
「いや……そんなことはないんだけど……」
「だったらどうしたの? ご飯ほとんどすすんでないじゃない」
「……じゃあ、ちょっと質問なんだけど……」
 これを聞いても良いのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。しかし今以外に聞けるタイミングなんてないだろう。
「……Sってなんなの? 全く思い出せないんだけど……」
「え? Sのこと思い出せないなんてことはないでしょう。あんなに一緒だったんだから」
「あきとがSと仲が良かったのは小さい頃のことだ。忘れていても仕方ないだろ」
「でも、去年も……」
 自分から聞いたことだったがこれ以上話を聞いていることなんてできなかった。僕は立ち上がり、そのまま部屋に向かった。
 部屋に戻ると眼鏡をかけていることも気にせず枕に顔を沈めた。
 Sって何なんだ。僕とどういう関係があるんだ。なんで僕だけ覚えていないんだ。Sについてだけじゃない。今日は何だっていうんだ。用水路で感じた違和感……なんでいつも見ていた景色なのに懐かしく感じたんだ。なんで母さんも父さんも眼鏡をかけているんだ。あの二人は眼鏡なんてかけていなかったはずなのに。なんで僕の記憶はこんなにもおかしくなってるんだ。どうなってるんだよ……。

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「おい逆越君、ちょっとこっちに来なさい」
 あの気持ちの悪くなるアイツの声が聞こえる。どうせまたアイツがなくした書類の作り直しをさせられるか、ストレス発散のために怒鳴られるんだろうと思いながら僕は部長のデスクへ向かった。
「遅かったな。私が呼んだらすぐに来いと言っただろう。そんなんだから仕事がいつも遅いんだ。君はこの会社に対して何も思っていないのだろう。愛社精神があれば仕事でのミスなんてなくなるし、早く仕上げられる。だから私がいつもいつも……」
 こんな話を真面目に聞いていたら身が持たないので、僕は途中から部長のデスクの後ろにある窓からの景色を見ていた。あそこに見える山のふもとあたりが村かな。やっぱり眼鏡はずしてるからよく見えないな。パソコンでの作業だからってはずしたのは失敗だったかもしれない。
「おい、なんだその目は! 上司のことを睨んでいいと思っているのか!」
 突然のことだった。多分遠くを見るために目を細めていたのを睨んでいると勘違いしたのだろう。
「お前のことは前からわかっていたよ! どうしようもないクズだとな! だがな、私はお前を見捨てたりはしなかった! お前が書類でミスをしたときだって見つけて教えてやっただろう! 今だってそうだ! 私が親切に会社を愛することの大切さを教えてやっているというのに! 恩をあだで返されるとは思っても見なかったよ! お前の親の顔を見てみたいものだな! そんな育て方をする親も親だ! どうせゴミみたいな人間なのだろう! 吐き気がするわ! お前の顔なんてもう見たくはないんだ! 人事部とは話をつけてやるから明日から来るな! 私の前から消え失せろ!」
 そう言い終えるとアイツは電話をかけ始めた。もちろん相手は人事部だろう。だがもうどうでも良かった。僕は自分のデスクの上の眼鏡を手に取るとそのまま会社をあとにした。

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 僕はSについて色々なことを調べた。それによると、Sというのは本名の頭文字であるらしい。また年齢は僕と同じ十八歳とのことだが、二十一歳という話も聞いた。性格は凶暴で物を壊すのは当たり前。鳩などの野生の動物や犬や猫といったペット、そして人間を理由なく傷つけることもあるという。去年はそれがとてもひどくなったらしく死者が出ている。つまりSは殺人犯だ。なのになぜかこの村ではそこまで危険視されているわけではない。村民のほとんどが知っているというのにSのことを危険な人物だと、殺人犯だと認識していないのは何か理由があるのだろうか。
 考えなければならないことはまだまだたくさんある。知らなければならないことも。だが僕は眠ることにしてしまったのだった。

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 目が覚めた理由はなんだったのだろうか。物音だろうか。悲鳴だろうか。それとも血の匂いだろうか。そのどれが僕の目を覚ましたのかはわからない。だが僕が目を覚ましてしまったのは確かだ。あんなものを見るなら、起きたくなんてなかったというのに。
 一人の男と、その脇に転がる母の死体なんて……。

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 警官は「またSですねー」とか言いながら笑っているし、近所のおばさんは「あらあら逆越さんがねえ」なんて話のネタにしている。
 全てが理解できなかった。殺人事件が起きたのにみんな笑っているなんて。信じられなかった。母が死んだということも受け入れられなかった。
「ねぇ父さん」
 僕は父を見つけると声をかけた。
「Sってあの坂を越えたところにいるんだよね?」
「ああそうだが……もしかしてお前、復讐なんて考えているのか? そんなことして何になるんだ? 母さんは帰ってこないんだぞ?」
「……でもさ」
「でもじゃない。それにそれは殺人だ。人がして良いことじゃないだろう?」
「……うん、そうだね。頭冷やしてくるよ」
 もう何を話しても意味は無いということはわかった。だから僕は心を決めるためにあのお気に入りの場所へ向かうことにしたのだ。

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 空には雲が広がっていて良い天気とはいえなかった。雨も降りだしそうだから早めに終わらせなければいけない。
 用水路につくと風のせいで水面は波が立っていた。まるでいつもとは違う景色だ。
 身体にこもった熱を逃がそうと水に足をつけてみる。しかし、いつもは冷たい水が今日はなぜか生温かく、心なしか淀んでいるように見えた。
 違うのはそれだけではなかった。空や水よりも決定的に違うものがあったのだ。それは井戸だ。井戸というもの自体に問題は無い。問題はその井戸の場所だ。今まで何度もここに足を運んでいるからわかるが、田んぼの真ん中なんかに井戸は無かった。だというのに今は間違いなくあるのだ。どう考えてもおかしい。そう考えながら僕は井戸の方へと踏み出していった。

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 田んぼの真ん中にある井戸。それに屋根はついてなく、また滑車などもなかった。円形になっているふちは石で造られていて触れるとひんやりとしていた。
 何故こんなところに井戸なんてものがあるのだろうか。
 そんなことを考えながら僕は井戸の中を覗き込んだ。井戸の水位は思ったより高く、覗いている自分が水面に映っているのがなんとなく分かる程度だ。
 しかし、本当にそれは自分なのだろうか。
 水面に向かい合っているのは僕なのだから映るとしたら僕なのだろうけどどこか違うような気がするのだ。ぼくと水面に映る誰かは似ているけれど違う別人なのではないだろうか。確かに水面に映る誰かも僕と同じで眼鏡をかけているようだ。だけど共通点はそれくらいなのではないか。眼鏡をかけていて、僕に似ている人……。
 その時だった、何かが落ちていったのは。それが落ちていくと同時に僕の視界はぼやけていく。僕が落ちていったものが眼鏡だと気付いたのはポチャリという水音を聞いてからだった。
 僕にはよく見えないが、きっと眼鏡が水に飲み込まれた時の波紋で誰かは消えてしまっただろう。

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 途中、僕は包丁を買った。もちろんアイツを殺すためだ。
 アイツのことが許せなかった。どうしてもアイツの体に包丁を突き刺したかった。そうしないと僕は僕でいられないような気がした。
 これで終わらせることができるのかと思うと何か重い荷物を捨て去ったかのように体が軽く感じられた。

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 坂を登っていくと舗装されていた道はだんだんと砂利道になっていった。そしてその道はだんだんと獣道のようになっていく。
 どれくらい歩いたのだろうか。とても長い時間歩いていたような気もするし、ほんの少しだったような気もする。長い距離な気もするし、それほどでもなかったような気もする。疲れている気もするし、まだまだ余裕があるような気もする。ただ言えるのは、今、僕の目の前に小屋があるということ。そして、そこにアイツがいるであろうということだ。
 小屋に入ると足音をたてないように進んでいった。小屋と言ってもそれなりの広さがあり、部屋がいくつもあるようだ。その中のどこかにアイツがいる。僕は右手に力を入れた。
 アイツがいたのは一番奥の部屋だった。音をたてないように気をつけたつもりだったのだが、アイツはこちらに気が付いていたようだ。
「よお」
 奥の部屋のドアを開けようとしたとき中から声が聞こえてきたのだ。
「早く入ってこいよ」
 アイツに乗せられているような気はしたが僕はそのままドアを開けた。
「久しぶりだな、サカゴエ」
 Sは僕に馴れ馴れしく声をかけてくる。だけど僕はSの顔を見なかった。会話をしようとは思ってなかったのだ。右手に持った包丁を構えると、Sの胸めがけてそれを突き出した。それをSは「あぶねえな!」と言いながらかわす。
「お、おい! 俺がお前の母ちゃんを殺したわけとか聞かなくて良いのかよ!」
 そんな言葉も無視して次は包丁を思い切り振りあげ、はずさないように狙いをつけて振り下ろした。
 包丁が何かに当たる感触がしたかと思うと生温かいものが顔にかかる。それを拭うと腕が赤く染まっていた。
 目の前では左肩のあたりを押さえながらSが膝をついている。左腕は動かず、右手は肩からの血を抑えるためにふさがっている。その姿はまるで無防備だ。
 今ならとどめをさせる。
 そう思い包丁を持つ右手を振り上げた。
「俺を殺すという方法を選んだ時点で……お前の未来は決まったんだよ……」
 振り下ろしながら見たSの顔は、誰かに、似ているような気がした。

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 手には生々しい感触が残っている。身体は返り血を浴びて赤く染まっている。全てを終わらせて楽になれたはずだった。しかし、最後のあの顔がなにか引っかかって離れない。どうしてアイツの顔が……。
 坂を下る足は、登るときのそれよりも重く感じられた。

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 突然悲鳴が聞こえる。
 振り返るとよくスーパーに買い物に来るナントカという名前のおばさんが指を指しながら震えていた。
 何があるのだろうと思い、おばさんの指が指している方を見ると、一人の男と、その脇に転がる父の姿が目に飛び込んできた。そしてそれだけではなく、その向こうには指を指して震えているおばさんが映っている。
「またSか……」
 鏡の中の男の顔がくしゃりと歪んだように見えた。

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 気が付くと自室のソファの上に横たわっていた。今見ていたのは夢だったのか、それともただの思い出なのか。夢にしては妙にリアルだったし、思い出にしては事実と違いすぎていた……。なにはともあれ眼鏡をかけなければ、と眼鏡をかけるとテーブルの上に何かが置いてあるのが目に入った。それは帰りに買ってきた包丁である。

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 人間の行動は理性と欲望によって決まる。社会の中で生きるならば理性による欲望のコントロールが必要だ。欲望をコントロールできなければ社会から弾かれてしまうのだから。ならば、欲望はどのようにコントロールすればいいのか。理性によって上手く受け流せれば良い。理性によって欲望を押しこめてしまうのも仕方ないだろう。では、欲望を消滅させてしまうのはどうだろうか。欲望を殺してしまうのは、どうだろうか。
 もはや、それは、欲望というものに敗北していると言えるのだろうか……。

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 少し考えてから、俺は眼鏡をはずした。そして代わりに右手で包丁をつかみ、部屋を後にした。
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