侵略の理由

「こちら中継の谷垣です。今、私はサッカーの国際試合の会場のあるブラジルに来ております。試合直前ということもあって沢山のサポーターが会場前に集まっています」
 歓声を上げるサポーターたちに囲まれたリポーターが、声を張り上げながら様子を伝える。予定ではここで、両国の練習風景や注目選手などの映像に切り替わるはずだった。しかし、映像に突然異変が起こる。会場上空に突如、いくつもの黒い円盤が現れたのだ。中継を行っていたリポーターも、直前まで歓声を上げていたサポーターたちも、突然のことに茫然としていた。ともに茫然としているのであろうカメラマンが、それでも構え続けていたカメラの映像が異様な光景を映し続けていた。一つ一つの円盤はそれほど大きくはない。だが、最初は一つだけだった円盤は物凄い速度で増えていき、あっという間に空を埋め尽くしていく。そして次の瞬間、空が緑色に光った。直後、人の悲鳴のような音が聞こえ、それを最後に中継は途切れた。
 この放送の数時間後、ブラジル政府との連絡回線は不通となり、翌日には南アメリカ大陸のすべての国との連絡が不能に陥った。人工衛星からの映像により、黒い円盤が北アメリカへ向かっていると知ったアメリカは軍を向かわせたが、ブラジルに出現してから四日目には全滅。翌日にはテキサス州を犠牲にして、大量の核ミサイルを撃ち込んだが進行は止まらなかった。そして、出現から七日目の朝、アメリカとの連絡も不可能となっていた。
 出現から十日目。ロシア、中国に現れ、それぞれに甚大な被害をもたらしてきた円盤が、いよいよ翌日には日本にも現れるだろうと言われるようになっていた。日本政府は緊急に対策会議を開いていたが、何も案が決まっていなかった。応戦すべき、という意見の者が多いのは確かなのだが、アメリカでさえ抵抗出来なかった相手にこの日本という国が勝利を収めることなど出来るわけがないだろう、という意見が正しいのは間違いない。では、どうしたら良いのか。戦ってもそうでなくても、侵略を許し、蹂躙された国々と同じ運命を辿るのは火を見るより明らかである。
 翌朝、国会議事堂の上に大きな白い旗が立っていた。戦うのではなく、降伏するという選択を日本政府はしたのだ。白旗の意味が相手に伝わるかどうかはわからないが、同時に配備していた自衛隊も戻すことにより戦意がないことを示すことで、被害を最小限に抑えることができるのではないか。これが日本政府の決断だった。
 その日の午後二時頃、予測通り、黒い円盤が現れた。その黒い円盤は北海道に現れたかと思うと、そのまま移動していき、三時前には国会議事堂上空にまで到達し、空を黒く染めた。そして、その中の一際大きな円盤がゆっくりと降下してきた。
「降伏を受理しました」
 そんな声が聞こえたのはその時だった。突然の声に誰もが驚きの声を上げる。
「なので、停戦に伴い、会談の場を持ちたいと思っております。この国の最高権力者は、すぐにこの船の下に来て下さい。こちらへ引き上げます。また、同伴は一名までといたします」 
 円盤内に入ると、首相である桐嶋を迎えたのは、奇妙な生物だった。四足歩行で腕は二本、身体の色は青と緑の中間色といったところか。顔はカマキリに似ていて、口を覆うように、四角い機械のようなものを付けている。宇宙人とはこのような姿をしているのか。
「こちらへどうぞ」
 機械的な声に促されるまま、彼は通路をまっすぐ進ませられた。どうやら、あの口のところに付けている機械は翻訳機か何からしい。通路を進んでいくと扉のようなものが目の前に現れた。その扉のようなものは彼らがその目の前にたどり着くと、なにかを探知したかのように反応し始め、中心付近から楕円形に穴が開いていき、人が一人通れる程度の大きさになった。
 穴を抜けると部屋があった。その部屋の真ん中には丸いテーブルのようなものが用意してある。ここが会談をするための部屋なのだろう。
「楽しんでいただけたでしょうか」
 突然の声に驚いて、声のした方を見ると、ちょうど奇妙な生物が彼と同じく穴から部屋に入ってきたところだった。こちらも先ほど彼をここまで案内してきたのと同じ姿をした宇宙人である。違うところは衣服だけのようで、こちらの方がさっきの宇宙人より鮮やかな色の服を着ている。どうやら、会談の相手はこの宇宙人のようだ。
「驚かせてしまい申し訳ありません。おっと失礼、立ったままでは話しづらいでしょう。おかけになって下さい」
 次の瞬間、先ほどまではテーブルしか無かった部屋に二つの椅子が現れた。その不自然な光景に、彼は驚きながらも腰かけた。相手は宇宙人だ、この程度で驚いてはならない、と自分に言い聞かせながら。
「そ、それで降伏する、という件に関してですが……」
「そうでした。そのための会談でしたね」
 この態度はどういうことだろうか。そちら側からそう言って会談をすると決めてきたのに……。やはり馬鹿にされているのだろうか。馬鹿にされるのはしょうがない。しかし、それに対して怒りを見せてはいけない。この会談に我が国の存亡がかかっているのだ。
「こ、降伏の条件ですが……。我々は、む、無条件で降伏を致します。要求に従って、なんであろうと差し上げます。ですからどうか我が国の……」
「わかりました。……しかし、困りましたね」
「こ、困った、と言いますと?」
 桐嶋は自分の声が震えているのを感じながらも訪ねた。困っている? 何故困るようなことがある? こちらは全面降伏をしているのだから困る理由はないはず。
「正直なことを申しますと、我々は何も要らないのです」
 彼は耳を疑った。何も要らない? どういうことなのだろうか。もしや、相手は人類を滅亡させるつもりで来ていて、その後なら好きなだけ好きな物を取ることが出来るから……。
「というよりも、あなた方の降伏すら要らないのですよ。侵略のようなことをしに来たわけではないですからね」
 またしても彼は耳を疑った。では、なんのために……。
「ただあなた方、地球人と友好関係を築きたかっただけなのですよ」
「は?」
 思わず聞き返す桐嶋。こんなにも人間を殺しておいて、交友関係を結ぶ? ここまで話しても、彼には相手の意図が全く理解できなかった。
「良き関係を築くためには相手の好きな物を用意しなくては、と思い、今回のようにしてみたのですが」
「そ、それはどういう意味でしょうか。こちらは被害しか出ておりません……」
 そう桐嶋が言うと、相手は驚いたかのような声を上げ、そして言った。
「地球人は戦争が好きだと聞いたものですから……」
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