プレゼント
十二月二十三日、七時四十二分。
僕は自転車を漕いでいた。目的地はこの町が一望できる丘の上の公園。そこで僕は待ち合わせをしていた。もう最期だから、と。
前日に行われた作戦は失敗に終わった。破壊はおろか軌道を変えることも出来ず、超巨大隕石とやらは進み続けているらしい。この星の生命を消滅させるほどの隕石。発見が遅れた、ということも手伝ってもう打つ手は無いみたいだ。
だから僕らは一緒に過ごすんだ。隕石が落ちる、明日の夜まで。
七時五十三分。
「待った?」
僕が着くとそこにはすでに彼女が立っていた。
「ううん。待ってないよ。私も今来たとこ」
いつもとそれほど変わらないように見える彼女もやっぱり動揺していると思う。何も感じていない人なんかいるはずが無い。
「ねぇ」
そう言って彼女は僕に手を差し出した。
「手、つなご」
僕たちは出会ってからまだ一週間位しか経ってない。だからまだお互いの事を詳しくは知らない。例えば、どんな癖があるか、とか。なのにもう終わってしまう。全てを失ってしまうんだ。この手に伝わる温もりさえも。
二十時十七分。
あれから僕たちは一緒に昼食を取った。そこらへんの飲食店には店員はいなくて店も閉まっていたので彼女の家で。春日、と言う表札のついた彼女の家にはその家の主人の姿は無かった。両親は実家に帰っているらしい。
昼食と同じように二人で作った夕食を食べ終えると僕らはリビングのソファに座った。
「なんでなんだろう……」
彼女がぼそりと零す。
「ねぇ、なんでなの?何でもう終わりにならなきゃいけないの?」
僕は返す言葉を知らなかった。それに、僕はその理由を知らなかった。だから、抱きしめた。強く、強く。
僕にはそれくらいしか出来なかった。
十二月二十四日、六時二十四分。
最期の朝は雪と共にやってきた。前日深夜から降っていたらしい雪は町の景色を一変させていた。もしかしたらこれは神様からの最後のプレゼントかもしれないと思うくらい美しく変わっていた。
「綺麗だね……」
「そうだね」
窓の向こうの白い世界を僕らは眺めながら、眠い目をこすっていた。
九時十五分。
僕らは遊園地に来ていた。職員のいないそこはいつもとは違う場所になっていた。同じような考えの人は
沢山いて、ほとんどの人はある場所に向かっていた。
「行こう」
そう言って僕らはある場所へと向かった。
九時三十一分。
赤を基調として作られたそこは、恋人たち、もしくはそうなろうとする人々で溢れていた。あるアトラクションのそばに作られたこの広場。ここには『ここでかなった恋は必ず上手くいく』と言うような類の噂があった。
「あの時もここに座ったんだよね」
そう言って僕らは、噴水近くのベンチの後ろの木の下に腰を降ろした。そう、ここは僕が彼女に告白した場所だった。
「諒、凄い緊張してたよね」
「あたりまえだよ。僕、告白したの初めてだったし」
「そうなの?」
「そうだよ」
ふうん、と言うと彼女は僕に寄りかかってきた。
「今まで好きな人とかいなかったの?」
「うん、いなかった。梓がはじめて」
「十七歳でそんなことってあるんだ」
「なんかおかしい?」
彼女はこの問いに答えずに僕の肩に頭を預け、
「もう少しこうしてても良いよね」
と言った。
二十二時九分。
「もうすぐ終わりなんだよね」
遊園地を出てから僕たちは高校などの思い出の残る場所をまわってから帰ってきた。その全てを忘れてはいけないと思ったから。
「お願いがあるんだけど、良い?」
「良いよ」
「あの、もう一回聞きたいの……告白してくれたときのあの言葉」
「え?」
正直なところ、あの言葉は二度と言いたくなかった。ベタ過ぎて、ただ恥ずかしいだけだったから。でもこれは彼女の最後のお願いになるかもしれない。今言わないともう次は無い。あと数時間で終わってしまうんだ。
「わかった。じゃあ少し待ってね」
「うん」
恥ずかしいのは僕だけじゃないみたいで、彼女の頬は薄くだけど赤くなっていた。
深呼吸をする。あの時みたいに。
彼女の前に立つ。あの時みたいに。
彼女の瞳を見る。あの時みたいに。
「僕は春日梓をこの世の誰よりも愛してる」
顔が赤くなっていくのがわかる。僕も、そして彼女も。
「私も石橋諒をこの世界の誰よりも愛してます」
二十三時五十七分。
雪の降る、クリスマスイヴの夜。
この日サンタクロースは沢山の贈り物をした。沢山の人の心に。
そして最後にこの星に贈り物をした。
全てを終わらせる光を。