ある美しい姫の話

 むかしむかしある国に、とても賢い王様ととても美しいお妃様がいました。そして二人の間にはそれはそれはかわいらしいお姫様がいました。そのかわいらしさは国内で認めぬ者がいないほどです。王様といえどもお姫様の前ではただの人の父であり、「この国で一番偉いのはお姫様」と言われるほどでした。
 賢い王様と美しいお妃様、そしてかわいらしいお姫様。三人のとても幸せな生活はいつまでも続くかと思われていました。
 事件が起きたのは本当に突然のことだったのです。その朝、王様とお妃様は一緒に朝食をとっていました。何のことはない、いつもどおりの朝食。そんな中、事件は起きました。最初に苦悶の表情を浮かべたのはお妃様です。のどの辺りを押さえた直後、お妃様の口からたくさんの血が吐き出されました。王様を含め、周りの者たちが驚いている中、次は王様が血を吐きながら崩れ落ちました。
 数日後、城の料理人の一人が処刑されました。毒を盛り、王家へ反逆をしたためです。罪人は城の前の広場で首を落とされ、その首は腐って異臭を放つまで広場に晒されていました。
 この事件では不幸中の幸いとしてお姫様は毒を盛られることはありませんでした。運良く王様の弟である叔父の屋敷に遊びに行っていたのです。
 このときは誰もがお姫様の無事を喜びました。王様やお妃様のことはとても残念だが、お姫様だけは無事だった。きっと神様が生かしてくれたのだ、と喜んでいたのです……。

 七年の歳月が過ぎました。
 殺されてしまった王様の代わりに王様になった叔父は、前の王様に勝るとも劣らぬ頭の良さを発揮していきました。国はよりいっそう強くなり、栄えていったのです。
 また、新しい王様はお姫様を大事に育てていきました。そのおかげもあってか、それともそうなるさだめだったのか、お姫様はとても美しい女性へと成長していきました。
 そして、お姫様が十六歳の誕生日を迎えようとした頃のことです。王様がお姫様に王位を譲ると宣言したのです。これには国の多くの人が驚き、王様に考え直してもらおうとしました、しかし王様は「もともと王位は預かっていただけだ。返すのが当然だろう」と言って、以前住んでいた田舎の屋敷に帰ってしまいました。

 お姫様が王位を継いだことが知れると国内だけでなく世界中から使者が来てお祝いの言葉届けました。そして王子様からの求婚の話が持ってこられるようになりました。お姫様の美しさは国内にとどまらず世界中に知れ渡っていたのです。そのうち、使者ではなく王子様本人が来ることも増え、求婚の言葉をお姫様に直接言うようになっていきました。その数なんと三十人以上。お姫様はその中から一人を選ばなければならなくなりました。
 これが全ての始まりだったのかもしれませんが、このときは誰も知る由はありませんでした……。

 お姫様はたくさんの王子様と会い、美しいと言われ、求婚されるうちに自分の美しさを強く自覚していきました。「私は美しい」という風に強く思い始めたのです。そのため自分の美しさの虜になっている王子様たちとのかかわりを『遊び』として考えるようになっていったのです。
 遊んであげるのは当然でしょ? だって私は世界で一番美しいのだから。
 王子たちだって嬉しいはずだわ。だって私は世界で一番美しいのだから。

 そんなある日のことです。
 城に一人の老婆が訪ねてきました。その老婆は占い師であるらしく、お姫様を占いたいと言ったのです。
 お姫様の部屋に通された老婆は、手相、鏡、水晶、ろうそくの火、そしてお姫様の顔を見て言いました。
「あなたはとても美しい。世界で一番の美貌を持っておる」
 そう言われたお姫様は気を良くして続きを促しました。
「本当に貴女様は美しい。しかし、近いうちに世界で一番醜い女となるであろう」

 大きな音を立てて部屋からお姫様が出てきました。その顔や手は血にまみれていました。そして部屋では老婆が血だまりの中、横たわっていたのです。

 その日のうちに国中の女性が城に呼ばれました。そして一人ずつある部屋に連れられていかれます。
 その部屋に連れていかれて家に帰ることの出来た『美しい女性』は一人もいませんでした。
 老婆を殺した後、お姫様は狂ったように笑い始め、そして言いました。
「美しい女、美しくなるかもしれない女をみんな殺せばいいんだわ! そうよ、そうすればいつまでも私が一番美しいことになるもの! あんな汚いばばあの占いどおりになんてならない! すぐに国中の女を集めて殺しなさい!」

 何人の女性が殺されたでしょう。城の中は血のにおいでいっぱいになっていました。
 しかし、お姫様はしきりに鏡を見ては何やらぶつぶつとつぶやいていました。

 長いこと考え事をしていたお姫様が何かを思いついたように召使に言いました。
「透明なガラスで出来た棺と苦しまずに死ねる毒を出来るだけ早く持ってきなさい」

 私気づいたの。私がどんなに美しくてもみんながどんなに醜くても私がずっと一番美しいなんて無理よ。だって時間の前では私だって無力なんだもの。あの占い師はそれを私に伝えにきてくれてたんだわ。それなのに私ったら勘違いしてあんなに多くの人を殺してしまって……。本当に申し訳ないことをしちゃったわね。でももう大丈夫。私気づいたんだもの。だから私、美しいまま死ぬわ。そうすれば一番美しいのはいつまでも私。ガラスの棺の中で永遠の美しさを手に入れるの。だから城の前の広場に飾ってね。

 お姫様は棺の中に入ると、ためらうこともなく毒を飲み、そのまま眠るように死にました。
 その死に顔は本当に美しく、城の前の広場で光を浴びてきれいに輝いていました。



 そして数日後。
 異臭のする広場に置かれたガラスの箱の中身が処分されることになりました。腐り変色し蛆虫が湧いているソレは、普段広場で行われているのと同じようにゴミとして捨てられるのです。
 その姿は占い師が言ったように、世界で一番醜かったそうです。
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